制限連記式

\(m\) 人の別の候補を連記で投票

一人の有権者が、定数以下の人数の候補者を連記し、相対的多数の得票者が当選していく方法を考えてみましょう。すなわち、 \(n\) 人を選出選挙において、各有権者が \(m \leq n \) となる \(m\) 人の候補に投票し、各候補の得票数を単純に集計し、得票数の多い順に当選していく制度です。

2名連記

ここでのポイントは、 \(m\) 人は全員別の候補でなければならない、ということです。

実施経験

\( m=n \) の場合を完全連記式と呼んでいます。この方法は、帝国議会の最初の衆議院議員選挙で、43の選挙区で \(m=n=2\) で実施されました。 現在でも英国の地方選挙で行われています。

さらに、 \( 1 \lt m \lt n \) の場合を制限連記式 (limited vote) と呼びます。この方法は19世紀後半の英国、第二次世界大戦直後の日本、現在のスペイン上院などで用いられています。

単記非移譲式は、この制度の最も極端な場合 \( m=1 \) だと捉えることができます。

制限連記制の実施経験

第二次世界戦後の最初の衆議院議員総選挙は、鳥取全県区以外はすべて \(1 \lt m \lt n \) で行われました。

堀切内務大臣の大選挙区制の方針に対して、次官の坂千秋が極端な票の不均衡を警戒して制限連記の方法を提案しました。坂千秋は選挙制度に詳しかったので、この方法が理想的だとは考えませんでした。

坂 千秋(自治制発布五十周年記念帖1938より)

しかし、敗戦直後という難しい状況の中で、かつ婦人参政権という最も重要な変化をしなければならないの中で、大人数選出の選挙を少しでも混乱を減らす方法を考えました。

帝国議会で法案が成立した後、ラウエルやケーディスを中心に制限連記制に対して反対論が多くでました。占領軍内には,総取り方式に馴染みある米国出身者が多かったのです。しかし、ホイットニー民政局局長やルースト中佐が日本側の改正法を擁護し、占領軍は結局はこの制度を承認します。

占領軍の内部資料(Election Laws 1946-47 arguments Pro and Con (1946))

この間の事情は 戦後自治史 第4 (衆議院議員選挙法の改正)J.ウィリアムズ(1989) マッカーサーの政治改革 朝日新聞社 に詳しく記述があります。

連記数の上昇の効果 I

同士討ちのリスクが減少

連記数が上昇すると票の集中が緩和するので、連記数以下のグループでは、票の取りすぎによる同士討ちのリスクを減少させます。

連記数以下は争わずにすむ

選挙運動をする立場からみると、政党の公認候補が連記数以下であれば、票が公認候補者内で自動的にに分散されるので、公認候補同志は支持者を奪いあわずに済みます。実際、ある政党の候補を優先する \(\alpha\) 人の有権者達がいたとき、政党の公認候補が連記数 \(m\) 以下のであれば、どの候補も \(\alpha\) だけ得票することになるので、候補のうちのいずれかがたくさん票を取りすぎることはありません。同じ政党の公認候補が選挙で争うことを問題視する立場からは連記数 \( m\) の値を大きくすることが主張されます。

連記数の上昇の効果 II

一議席は困難に 独占は容易に

連記数の上昇は、連記数未満の候補に票を集中させることを難しくします。したがって、連記数が上昇すると、一議席獲得するのに必要な有権者数を増加させ、逆に全議席を独占するために必要な有権者数を減少させます。その結果、少数派が一議席を獲得するのは困難になり、一党派による議席の独占が容易になります。

共倒れのリスクが高まる

連記数の上昇は、共倒れのリスクを高めます。第一に、票が常に均等化されるからです。第二に、連記数の上昇は、少ない議席を獲得するのに必要な最低限の得票率を上昇させるからです。

当選に必要な有権者数

以下の表は、全有権者の数が1000人で10議席を選ぶ選挙の際、連記数および獲得議席数によって、当選に必要な有権者数がどのように変化するかを表したものです。

たとえば、3名連記の場合、9議席を確実に獲得するのに必要な有権者数は751人であることがわかります。

連記数が上昇すると、過半数未満の少数派は議席の獲得が困難になり、過半数を越える有権者は多くの議席が保証されます。

この表の算出の仕方は後述します。

制限連記への改革論

制限連記は一度だけ実施されて、元の単記非移譲式に戻ります。その後、この方法論を述べたのは、第三次選挙制度審議会の宮沢俊義です。宮沢は、単記移譲式が理想的であるが難しいので、この方法によってある程度 同志討ちが緩和できると考えました。

その後も、一時期社会党がこの案を支持したり、宮沢喜一、細川護熙などが制限連記制への支持を表明したことがありました。

近年の改革論

近年では、外務大臣をつとめた河野洋平がこの制度の指示を表明したり、経済企画庁の長官をつとめた田中秀征が「小選挙区制の弊害―中選挙区連記制の提唱」(旬報社、2024)の中で、5名選出2名連記の制限連記制を強く主張し、中島岳志が東京新聞の論壇時評でこの主張に強い賛意を表明しています(東京新聞2024年7月1日)。

また、現役の衆議院議員としては、石破茂や玉木雄一郎(3名選出2名連記)がこの制度への賛意を表明したことがあります。

地方議会への導入?

また、地方議会制度については、総務省「地方議会・議員に関する研究会」が、2017年 に(b) 制限連記制の導入を(a)名簿式よび、(c)選挙区の設置と並んで提言しています。報告書のリンク

改革論の問題点 I

連記数に対する無説明

制限連記制の連記数はこの制度の機能にとって重要であるにも関わらず、どのような連記数にすべきなのかを改革論は十分な議論を提示していません。 とくに、連記数を上昇させることは、「票の取りすぎによる同士討ち」の問題を解決する一方で、「票が均等になりすぎることによる共倒れ」の問題を悪化させることを、無視している点にあります。

たとえば、総務省「地方議会・議員に関する研究会」の報告書は連記数について最低限の数学的な議論がありません。

報告書は、連記数について、「連記数なお、昭和 21 年の適用実績も踏まえ、本提案においては 11 人程度以上の定数に対して3名程度に投票可能とすることを想定している。」と書くだけです。

坂千秋が帝国議会に提案した原案は、それまでの3から5人の定数に対して単記という制度に対して、保守的という方針が貫かれていました。すなわち、5名まではこれまで通りの1人、2倍になる6名以上10名まで2人、3倍にあたる11人以上は3人という意味で理論的なものでした。

このような議論に比べて、11人程度以上に対して3名という報告書の議論は、有権者の地位を変更するにあたって、何の説明責任も果たさないものです。

改革論の問題点 II

単記移譲式との比較を避ける

単記移譲式は、制限連記制のさまざまな欠点を解消するものです。しかし、制限連記式を推進している「有識者」には、単記移譲式についてまともな解説をしないという特徴があります。

議論なしに「投開票手続きが特に複雑」

たとえば、総務省「地方議会・議員に関する研究会」の報告書は、単記移譲式について、技術についての具体的な検証・言及もなく、「投開票手続きが特に複雑」と断定しています。

一方、戦争直後の混乱期でもなく、作業の機械化およびコンピューターの使用が可能な今日、120年を超える制度を変更するにあたって、制限連記制をとらねばならない説得な理由は説明されていません。

現行制度からの近さ

また、制限連記の別の推進者は、制限連記は現行制度と近く受け入れられやすいと主張します。そして、単記移譲式を提案しない理由として、単記移譲式が現行制度から乖離していると主張します。

しかし、単記移譲式には様々なバリエーションがありえます。 現行の地方議会の複数人単記非移譲式に最も近いものとしては、「2名まで順位づけ」する簡易的な方法も考えられます。この方法は、伝統的な方法によれば、同一の票が移譲されるのは高々一回です。 2名の制限連記と違って、当選を確実にするために最低限必要な有権者数を上昇させないという意味で、制限連記制よりも、現行制度により近い」方法です。

連記の数と議席数の計算(技術的)

以下の表は、全有権者の数が1000人で5議席を選ぶ選挙の際、連記数および獲得議席数によって、当選に必要な有権者数がどのように変化するかを表したものです。

有権者数が \(V\) であり、連記数 \(m\) 、当選者数 \(n\) であるとき、 \(k\) 人の特定の候補を確実に当選させるのに必要な有権者数は、どのように求めることができるでしょうか。

この問に答えるためには、特定の \(k\) 人を当選させることを第一目標にかかげた \(\alpha\) 人の有権者達は、どのような行動をとればこの目的を達成できるかを考える必要があります。

A党内の \(k\) 位とB党内の \(n-k+1\) 位を比較

以下、説明を簡略化するために、当選させたい \(k\) 人はA党所属、その他の候補者はB党所属だとしましょう。また、\(\alpha\) 人の有権者をA党支持者、\(V-\alpha\) 人の有権者をB党支持者と呼びましょう。

さて、 A党の最下位が、B党の中での第 \(n-k+1\) 位を票数で上回れば、A党全員すなわち \(k\) 名が当選します。

A党支持者は最小の人数でこれを実現するためには、まず、 \(\alpha\) 人の有権者は、A党候補以外には一票たりともいれるべきではありません。逆に、B党支持者は、B党候補以外に一票も入れないと想定する必要があります。

この想定の下で、A党内の最下位の票の最大値が、B党内のの第 \(n-k+1\) 位の票の最大値を上回る条件をもとめれば、 特定の \(k\) 人を確実に当選させるのに必要な有権者数が求まります。すなわち、次の条件が求めるものになります。

A党の \(k\) 位の票数の最大値 \(\gt\) B党の \(n-k+1\) 位の票数の最大値

残る問題は、この最大値をどのように求めるか、です。 これは連記数との兼ね合いで微妙に変化します。 \(k\) が連記数 \(m\) 以下であれば、左辺の値は\[\alpha\] になります。 \(k\) が連記数 \(m\) を超えるとき、 \(k\) 人にできるだけまんべんなく票を与えることが \(k\) 位の票数を最大にするので、左辺の値は、 \[\Big\lfloor\frac{m\alpha}{k}\Big\rfloor\] となります。右辺の値は、\(n-k+1\) が連記数 \(m\) 以下であるときと、連記数 \(m\) を超えるときで場合訳されることになります。

A.少ない議席を確実にするための有権者数

\(V\) を全有権者数とすれば、 \[\frac{mV}{m+n} \lt \alpha \] となる人数 \(\alpha\) だけの有権者が全員同じ \( 1 \) 人の候補に投票し、残りを白票にしたとすれば、確実にこの \( 1 \) 人の候補を当選させることができます。

この結果によれば、5議席選出で有権者が1000名のとき、完全連記で501名、4名連記で445人、3名連記で376人、2名連記で286人、単記で167名が必要になります。

これを一般化することで、次の結果を得ることができます。

\( k \leq \min \{ m, n+1-m \}\) となる \(k \) に対して、 \(\alpha\) 人の有権者が \( k\) 人の候補を確実に当選させることができるための必要十分条件は、 \(\alpha\) が次の式をみたすことです。

\[ \frac{mV}{m+n+1-k} \lt\alpha \]

5人選出の2名連記で、全有権者が1000名であったとすると,286人いれば1議席、334人人いれば2議席を確保できることになります。

考え方

自分たちの第 \(k\) 位は、 \(k\leq m\) より、 \(\alpha\) であり、 残りの有権者 \(V-\alpha\) 人による第 \(n-k+1\) 位の票の最大値は、 \(m\leq n-k+1\) より \[\Big\lfloor \frac{m(V-\alpha)}{n-k+1} \Big\rfloor\] になるので、 \[\Big\lfloor \frac{m(V-\alpha)}{n-k+1} \Big\rfloor\lt \alpha \] が成立すれば良いことになります。ただし、 \(\lfloor k\rfloor\) は \(k\) 以上の最小の整数を表します。この条件は、 \(\alpha\) が整数であることより、 \[\frac{m(V-\alpha)}{n-k+1} \lt \alpha\] と同値です。したがって、 \[ \frac{mV}{m+n+1-k} \lt\alpha \] を得ます。

B.たくさんの議席を確実にするための有権者数

n人選出のm人連記投票において、以下の条件をみたす \(\beta\) 人の有権者は、自分たちの選んだ \(n\) 人の候補者に議席を独占させることができます。 \[\beta \geq \frac{n(V+1)}{m+n} \]

この結果によれば、5議席選出で有権者が100名のとき、完全連記で51名、4名連記で56人、3名連記で64人、2名連記で73人、単記で85名が必要になります。

これを一般化すると、\( k \geq \max \{ m, n+1-m \}\) となる \(k \) に対して、 \(\beta\) 人の有権者が \( k\) 人の候補を確実に当選させることができるための必要十分条件は、 \(\alpha\) が次の式をみたすことです。 \[\beta \geq \frac{k(V+1)}{m+k} \]

5人選出の選挙で、全有権者が100名であったとすると,4議席を確保するためには、2名連記で668人、3名連記で572名、4名連記で501名になります。

考え方

\(\beta\) 人の有権者は、 有権者 \(\beta\) 人の有権者は自分たちの票での第 \(k\) 位が 残りの有権者 \(V-\beta\) 人が別の候補たちに投票したときの第 \(n-k+1\) 位を上回れば、 \(k\) 名を確保することができます。 自分たちの第 \(k\) 位は、 \(k\geq m\) より、 \[\Big\lfloor \frac{m\beta}{k} \Big\rfloor\] であり、 残りの有権者 \(V-\beta\) 人の中での第 \(n-k+1\) 位の最高得票は、 \(m\geq n-k+1\) より \(V-\beta\) になります。 \[\Big\lfloor \frac{m\beta}{k} \Big\rfloor \gt V-\beta\] が成立すれば良いことになります。ただし、 \(\lfloor k\rfloor\) は \(k\) 以上の最小の整数を表します。 \(V-\beta\) が整数であることに注意すると \[\frac{m\beta}{k} -1 \geq V-\beta\] これを整理して、 \[\beta \geq \frac{k(V+1)}{m+k} \] を得ます。

中位の議席を確実にするための有権者数(技術的)

C1.連記数が過半数以上の場合

\( m \gt k \gt n+1-m \) となる \(k \) に対して、 \(\alpha\) 人の有権者が \( k\) 人の候補を確実に当選させることができるための必要十分条件は、 \(\alpha\) が次の式をみたすことです。 \[ \frac{V}{2} \lt\alpha \]

全有権者が1000名であったとすると,5選出の選挙で、4名連記で3議席以上を確保するためには、501人必要だということがわかります。 この501人は同時に、4議席ちょうどを確保するのに必要な人数です。

C2.連記数が過半数以下の場合

\( n+1-m \gt k \gt m \) となる \(k \) に対して、 \(\alpha\) 人の有権者が \( k\) 人の候補を確実に当選させることができるための必要十分条件は、 \(\alpha\) が次の式をみたすことです。 \[ \Big\lfloor \frac{m(V-\alpha)}{n+1-k} \Big\rfloor \lt\Big\lfloor \frac{m \alpha}{k} \Big\rfloor \]

全有権者が1000名であったとすると,5人選出の選挙で、2名連記で4議席を確保するためには501議席、単記で4議席確保するのは668人必要だということが分かります。