制限連記式

\(m\) 人の別の候補を連記で投票

一人の有権者が、定数以下の人数の候補者を連記し、相対的多数の得票者が当選していく方法を考えてみましょう。すなわち、 \(n\) 人を選出選挙において、各有権者が \(m \leq n \) となる \(m\) 人の候補に投票し、各候補の得票数を単純に集計し、得票数の多い順に当選していく制度です。

2名連記

ここでのポイントは、 \(m\) 人は全員別の候補でなければならない、ということです。

実施経験

\( m=n \) の場合を完全連記式と呼んでいます。この方法は、帝国議会の最初の衆議院議員選挙で、43の選挙区で \(m=n=2\) で実施されました。 現在でも英国の地方選挙で行われています。

さらに、 \( 1< m < n \) の場合を制限連記式 (limited vote) と呼びます。この方法は19世紀後半の英国、第二次世界大戦直後の日本、現在のスペイン上院などで用いられています。

単記非移譲式は、この制度の最も極端な場合 \( m=1 \) だと捉えることができます。

票の集中を強制的に緩和する

連記数が大きくなると、票の集中の度合いが強制的に緩和されます。実際、ある政党の候補を優先する\(\alpha\)人の有権者達がいたとき、政党の公認候補が連記数 \(m\)以下のであれば、どの候補も\(\alpha\)だけ得票することになるので、候補のうちのいずれかがたくさん票を取りすぎることはありません。

連記数の上昇の効果 I

同士討ちのリスクが減少

連記数が上昇すると票の集中が緩和するので、連記数以下のグループでは、票の取りすぎによる同士討ちのリスクを減少させます。

連記数以下は争わずにすむ

選挙運動をする立場からみると、政党の公認候補が連記数以下であれば、票が公認候補者内で自動的にに分散されるので、公認候補同志は支持者を奪いあわずに済みます。同じ政党の公認候補が選挙で争うことを問題視する立場からは \( m\)の値を大きくすることが主張されます。

連記数の上昇の効果 II

一議席は困難に 独占は容易に

連記数の上昇は、連記数未満の候補に票を集中させることを不可能にします。したがって、一議席獲得するのに必要な有権者数を増加させ、逆に全議席を独占するために必要な有権者数を減少させます。したがって、連記数が上昇すると、少数派が一議席を獲得するのは困難になり、一党派による議席の独占が容易になります。

共倒れのリスクが高まる

連記数の上昇は、共倒れのリスクを高めます。第一に、票が常に均等化されるからです。第二に、連記数の上昇は、少ない議席を獲得するのに必要な最低限の得票率を上昇させるからです。

当選に必要な有権者数

以下の表は、全有権者の数が1000人で10議席を選ぶ選挙の際、連記数および獲得議席数によって、必要な有権者数がどのように変化するかを表したものです。

たとえば、3名連記の場合、9議席を確実に獲得するのに必要な有権者数は751人であることがわかります。

連記数が上昇すると、過半数未満の少数派は議席の獲得が困難になり、過半数を越える有権者は多くの議席が保証されます。

制限連記制の実施経験

第二次世界戦後の最初の衆議院議員総選挙は、鳥取全県区以外はすべて \(1 < m < n \) で行われました。

堀切内務大臣の大選挙区制の方針に対して、次官の坂千秋が極端な票の不均衡を警戒して制限連記の方法を提案しました。坂千秋は選挙制度に詳しかったので、この方法が理想的だとは考えませんでした。

坂 千秋(自治制発布五十周年記念帖1938より)

しかし、敗戦直後という難しい状況の中で、かつ婦人参政権という最も重要な変化をしなければならないの中で、大人数選出の選挙を少しでも混乱を減らす方法を考えました。

帝国議会で法案が成立した後、ラウエルやケーディスを中心に制限連記制に対して反対論が多くでました。占領軍内には,総取り方式に馴染みある米国出身者が多かったのです。しかし、ホイットニー民政局局長やルースト中佐が日本側の改正法を擁護し、占領軍は結局はこの制度を承認します。

占領軍の内部資料(Election Laws 1946-47 arguments Pro and Con (1946))

この間の事情は 戦後自治史 第4 (衆議院議員選挙法の改正)J.ウィリアムズ(1989) マッカーサーの政治改革 朝日新聞社 に詳しく記述があります。

制限連記への改革論

制限連記は一度だけ実施されて、元の単記非移譲式に戻ります。その後、この方法論を述べたのは、第三次選挙制度審議会の宮沢俊義です。宮沢は、単記移譲式が理想的であるが難しいので、この方法によってある程度 同志討ちが緩和できると考えました。

その後も、一時期社会党がこの案を支持したり、宮沢喜一、細川護熙などが制限連記制への支持を表明したことがありました。

改革論の問題点

制限連記式への改革論の問題点は、制限連記の欠点を整理できていないところにあります。

とくに、連記数を上昇させることは、「票の取りすぎによる同士討ち」の問題を解決する一方で、「票が均等になりすぎることによる共倒れ」の問題を悪化させることを、無視している点にあります。

単記移譲式は両方の問題を解決する方法です。

単記移譲式は現行制度と大きく異なる?

単記移譲式を拒否して、制限連記式を推進する人は、「単記移譲式は現行制度と大きく異なる」ことを理由にします。しかし、単記移譲式には様々なバリエーションがありえます。現行の複数人単記非移譲式に最も近いものとしては、「2名まで順位づけ、落選者からの移譲はしない」方法が考えられます。この方法は、2名の制限連記と違って、当選を確実にするために最低限必要な有権者数を上昇させないという意味で、少数派に配慮した方法です。また、その意味で「現行制度により近い」方法です。

制限連記式を推進している「有識者」には、単記移譲式についてまともな解説をしないという特徴があります。

地方議会への導入?

地方議会制度については、総務省「地方議会・議員に関する研究会」が、2017年 に(b) 制限連記制の導入を(a)名簿式よび、(c)選挙区の設置と並んで提言しています。報告書のリンク

議論なしに「投開票手続きが特に複雑」

報告書資料は、単記移譲式について、技術についての具体的な検証・言及もなく、「投開票手続きが特に複雑」と断定しています。

一方、戦争直後の混乱期でもなく、作業の機械化およびコンピューターの使用が可能な今日、120年を超える制度を変更するにあたって、制限連記制をとらねばならない説得な理由は説明されていません。

連記数に対する無説明

連記数はこの制度の機能にとって重要であるにも関わらず、報告書は連記数について最低限の数学的な議論がありません。

報告書は、連記数について、「連記数なお、昭和 21 年の適用実績も踏まえ、本提案においては 11 人程度以上の定数に対して3名程度に投票可能とすることを想定している。」と書くだけです。

坂千秋が帝国議会に提案した原案は、それまでの3から5人の定数に対して単記という制度に対して、保守的という方針が貫かれていました。すなわち、5名まではこれまで通りの1人、2倍になる6名以上10名まで2人、3倍にあたる11人以上は3人という意味で理論的なものでした。

このような議論に比べて、11人程度以上に対して3名という報告書の議論は、有権者の地位を変更するにあたって、何の説明責任も果たさないものです。

連記の数と議席数の計算(技術的)

1議席を確実にするための有権者数

\(V\)を全有権者数とすれば、 \[\frac{mV}{m+n} < \alpha \] となる人数 \(\alpha\) だけの有権者が全員同じ \( 1 \) 人の候補に投票し、残りを白票にしたとすれば、確実にこの \( 1 \) 人の候補を当選させることができます。

この結果によれば、5議席選出で有権者が100名のとき、完全連記で51名、4名連記で45人、3名連記で38人、2名連記で29人、単記で17名が必要になります。

議席を独占するための有権者数

n人選出のm人連記投票において、以下の条件をみたす \(\beta\) 人の有権者は、自分たちの選んだ \(n\) 人の候補者に議席を独占させることができます。 \[\beta \geq \frac{n(V+1)}{m+n} \]

この結果によれば、5議席選出で有権者が100名のとき、完全連記で51名、4名連記で56人、3名連記で64人、2名連記で73人、単記で85名が必要になります。

議席確保のための必要有権者数(技術的)

A.少ない議席を確実にするための有権者数

\( k \leq \min \{ m, n+1-m \}\) となる \(k \) に対して、 \(\alpha\) 人の有権者が \( k\) 人の候補を確実に当選させることができるための必要十分条件は、\(\alpha\)が次の式をみたすことです。

\[ \frac{mV}{m+n+1-k} < \alpha \]

5人選出の2名連記で、全有権者が100名であったとすると,29人いれば1議席、34人人いれば2議席を確保できることになります。

したがって \(m\) をそれほど大きく取らなければ、ある程度の少数派にも議席を保証することができます。

B.たくさんの議席を確実にするための有権者数

\( k \geq \max \{ m, n+1-m \}\) となる \(k \) に対して、 \(\beta\) 人の有権者が \( k\) 人の候補を確実に当選させることができるための必要十分条件は、\(\alpha\)が次の式をみたすことです。

\[\beta \geq \frac{k(V+1)}{m+k} \]

5人選出の選挙で、全有権者が100名であったとすると,4議席を確保するためには、単記で81名、2名連記で68人、3名連記で58名、4名連記で51名になります。

中位の議席を確実にするための有権者数(技術的)

C1.連記数が過半数以上の場合

\( m > k > n+1-m \) となる \(k \) に対して、 \(\alpha\) 人の有権者が \( k\) 人の候補を確実に当選させることができるための必要十分条件は、\(\alpha\)が次の式をみたすことです。

\[ \frac{V}{2} < \alpha \]

全有権者が1000名であったとすると,10人選出の選挙で、7名連記で4議席以上を確保するためには、501人必要だということがわかります。 この501人は同時に、7議席ちょうどを確保するのに必要な人数です。

C2.連記数が過半数以下の場合

\( n+1-m > k > m \) となる \(k \) に対して、 \(\alpha\) 人の有権者が \( k\) 人の候補を確実に当選させることができるための必要十分条件は、\(\alpha\)が次の式をみたすことです。

\[ \Big\lfloor \frac{m(V-\alpha)}{n+1-k} \Big\rfloor < \Big\lfloor \frac{m \alpha}{k} \Big\rfloor \] この条件の必要条件が、\[\frac{kV}{n+1}<\alpha\] であることに注意すると、

全有権者が1000名であったとすると,7人選出の選挙で、3名連記で4議席を確保するためには501議席、2名連記で4議席確保するのにも501人必要だということが分かります。