ドント式の根拠
名簿式比例代表制において各政党の獲得議席数の決定方法にドント式 (ドント法、ドント方式)と呼ばれるものがあります。 日本における衆議院選挙および参議院選挙は、比例代表制部分での議席数の決定方法はどちらもドント式です。
ドント式の計算方法は、中学校や高校の教科書にも出ていますが、その根拠について詳しい解説がなされていません。そこで、ここでは、森口繁治「比例代表法の研究」(1925) 有斐閣 に基づいて説明します。
ドント式は、ベルギーの数学者・法律家であったVictor Joseph Auguste D'Hondt (1841--1902)の名前にちなんでいますが、米国の第2代大統領のジェファソンが選挙区の定数を定めるときに考えたのが最初であるとされています。
また、後に述べるようにドループ基数などとの関係から、少し計算が早くなる方法を特に、スイスの学者ハーゲンバッハ=ビショフ(1833--1910)にちなんでハーゲンバッハビショフ法と呼ぶことがあります。
名簿式で総議席を配分することの難しさ
単記移譲式は、一議席あたりの得票数として、通常ドループ基数 \[\frac{V}{m+1}\] を用います。ただし、 \(V\) は総得票数、 \(m\) は総議席数です。この基数に達する候補者が \(m\) 人以下であれば、手順にしたがって票の移譲が行われます。
一方、名簿式比例代表制は、一度集計された名簿への得票は、他の党へ移譲することはありません。その結果、もし、ドループ基数による議席配分を名簿式で行えば、端数が生じて定数まで当選者を出すことができません。
そこで、端数の大きな順に議席を配分するという考えが自然に生じます。この考えは「最大剰余法」と呼ばれます。しかし、最大剰余法で議席を配分すると、様々な問題が生じます。もっともよく言及されるのは、アラバマのパラドクスと呼ばれる現象です。これは総議席数を増加させたときに、かえって配分議席が少なくなる現象を指します。また、その他に、得票増加率がトップでも議席が減少するというパラドクスが知られています。
ドント式の基数とはI
ドント式は、ドループ基数よりも低い値を一議席あたり得票数に設定し、すべての議席を配分する方法です。すなわち、端数の大小を競うのではなく、端数は一律に切り捨てることを前提に、基数そのものをうまく減少させることを考えるのです。
求めるべき一議席あたり得票数を \(d\) とおきます。政党が \(1,2,...,\ell\) まであり、政党 \(k\) ( \(k=1,2,...,\ell \) ) の得票を \(V_k\) とします。1議席あたりの得票数が \(d\) に決まったとき、政党 \(k\) の獲得議席は、次の式を満たすような \( m_k \) となるはずです。 \[ m_k+1> \frac{V_k}{d} \geq m_k \] あるいは、同じことですが、 \[ \frac{V_k}{m_k+1} < d\leq \frac{V_k}{m_k} \] が成立するはずです。 ただし、\(m_k=0\) のときは右辺の値は \(\infty\) と解釈して常に不等号が成立するものとして取り扱います。 どちらの式をみても、左側の不等号は、獲得議席が \(m_k+1\) 以上にはならない為の条件、右側の不等号は、獲得議席が \(m_k\) 以上になるための条件です。
\(d\) が小さすぎれば、各党に議席を配分した結果が総議席数を超えてしまいます。逆に大きすぎれば、総議席が埋まりません。つまり、問題は、総議席数が \(n\) となるように、うまく \(d\) を求めることです。
ドント式の基数とは II
問題を整理すると、ドント式の基数を求める問題は、 \(V_1,V_2,\dots, V_\ell \geq 1\) に対して、次のような \(d\) および \(m_1,m_2,\dots, m_\ell \) を求めることです。
\[n=m_1+m_2+\dots+ m_\ell,\] \[ \frac{V_k}{m_k+1} \lt d\leq \frac{V_k}{m_k} \; \; (k=1,2,\dots, \ell ). \]ここで、基数にあたるのが \(d\) です。
ただし、 \(n\) や \(V_1,V_2,\dots, V_\ell\) の値によっては、上記のような \(d\) および \(m_1,m_2,\dots, m_\ell \) は存在しません。これは,いわゆる同点の問題が存在するからです。たとえば、 \(n=\ell -1\) として、 \(V_1=V_2=\dots=V_\ell\) とすると、どのように基数を定めても、当選者が丁度 \(n\) になることはありません。
同点の問題も含めて、 議論を数学的に扱いやすくするために、次のように問題を改変しましょう。
ドント式議席配分問題
\(V_1,V_2,\dots, V_\ell \geq 1 \) に対して、以下をみたす \( d, m_1,m_2,\dots, m_\ell \) のうち \(m_1+m_2+\dots+ m_\ell\) が最小になるものを求めよ。
\[n\leq m_1+m_2+\dots+ m_\ell,\] \[ \frac{V_k}{m_k+1} \lt d\leq \frac{V_k}{m_k} \; \; (k=1,2,\dots, \ell ). \]このようにしておけば、この問題は、同点の問題が生じないときは、これまで通り、 \(m_1+m_2+\dots+ m_\ell=n\) となる当選者数を決定する基数を定めます。そして、同点の問題が生じるときは \(n\) より大きい最小の当選者を決定する基数を定めます。
ドント式の基数の計算方法 I
ドント式議席配分問題の解 \(d\) および \(m_1,m_2,\dots, m_\ell \) があったとしましょう。また、\(m^\ast:=m_1+m_2+\dots+ m_\ell\)とします。このとき、\(m_k\geq 1\) となる \(k=1,2,\dots, \ell \) に対して
\[ \frac{V_k}{m_k+1}\lt d\leq \frac{V_k}{m_k}\lt \frac{V_k}{m_k-1}\dots \lt \frac{V_k}{2}\lt\frac{V_k}{1} \]が成立します。また、\(m_k= 0\) となる \(k=1,2,\dots, \ell \) に対しては、左側部分
\[ \frac{V_k}{m_k+1}\lt d\]が成立します。
したがって、自然数 \(m=1,2,\dots, n\) と \(k=1,2,\dots, \ell\)に対して、\(\ell\times n\) 個の値
\[ \displaystyle\begin{array}{cccccc} \frac{V_1}{1},&\frac{V_2}{1},& \dots,&\frac{V_k}{1},&\dots, &\frac{V_\ell}{1}\\ \frac{V_1}{2},&\frac{V_2}{2},& \dots,&\frac{V_k}{2},&\dots, &\frac{V_\ell}{2}\\ \cdot&\cdot& \dots&\cdot&\dots &\cdot\\ \frac{V_1}{m},&\frac{V_2}{m},& \dots,&\frac{V_k}{m},&\dots, &\frac{V_\ell}{m}\\ \cdot&\cdot& \dots&\cdot&\dots &\cdot\\ \frac{V_1}{n},&\frac{V_2}{n},& \dots,&\frac{V_k}{n},&\dots, &\frac{V_\ell}{n}\\ \end{array} \]を計算すると、
大きい方から\(m^\ast\)番目までは、\(\displaystyle d\leq \frac{V_k}{m} \) が成立し、\(m^\ast+1\)番目以降は、\(\displaystyle \frac{V_k}{m} \lt d\) が成立することがわかります。
また、\(m^\ast\)が最小であるとの条件から、\(n\)番目から\(m^\ast\)番目は \( \displaystyle \frac{V_k}{m} \) の値が変化しないことがわかります。もし値が変化したとすれば、その間の数を改めて\(d\)とおけば\(m^\ast\)より小さい当選人数を定めることができるからです。
したがって,以下の方法で、ドント式の解を計算できることがわかります。
ドント式基数の計算方法A
1. 各政党 \(k=1,2,\dots, \ell\) の得票 \(V_k\) に対して、
\[ \displaystyle \frac{V_k}{1}, \frac{V_k}{2}, \dots,\frac{V_k}{n}\]を計算する。ただし、 \(n\) は総議席数である。
2. すべて政党について、上での計算した全部で \(n\times \ell \) 個の値を、大きい順にならべる。
3. 次の条件をみたす\(m^\ast \geq n\)を探す: 条件 第 \(m^\ast\) 位の値と第 \(n\) 位 の値が等しく、\(m^\ast+1\) 位の値が異なる。
4. \(m^\ast+1\) 位の値を超えて第 \(m^\ast\) 位 の値以下 の任意の数を選び、それを \(d\) とおく。
当選者を決定するだけならば
各政党の当選者数を決めるだけであるならば、特に \(d\) の値を気にすることなく、 \( \displaystyle \frac{V_k}{1}, \frac{V_k}{2}, \dots,\frac{V_k}{n}\) を各政党について計算し、第 \(n\) 位を探し出せば、各政党の当選者数を求めることができます。これが高等学校や中学校の教科書に出てくるものです。しかし、 \(d\) に言及しないドント式の説明は、「なぜそのような計算をするのか?」という疑問に答えないものになっています。
例:ドント式の計算
3つの政党に、それぞれ以下のような得票があったとき、ドント式によって6議席を配分してみましょう。
まず、各政党の得票 \(V_k\) に対して、 \( \displaystyle \frac{V_k}{1}, \frac{V_k}{2}, \dots,\frac{V_k}{n}\) を計算します。
次に、上で計算した \(\displaystyle \frac{V_k}{m}\) について大きい順に順位をつけます。
ドント式の基数 \(d\) は、 \(400\geq d \gt 366.66\) となるように定めれば良いことがわかります。
その結果、政党1は3議席、政党2は2議席、政党1は1議席獲得できることがわかります。
ドント式の基数の計算方法 II
ドント式の計算法Aは、割り算を無駄にたくさんしています。ドント式の基数はつぎの方法でも求めることができます。
ドント式基数の計算方法B
1. また、\(d\)を十分に大きな数 \(d:=1+\max \{V_1,V_2,\dots,V_\ell \}\) とおく。すべての \(k=1,2,\dots,\ell\) について、 \(m_k:=0\) とおく。 さらに、 \(a:=0\) とおく。
2. \( a \leq n-1 \) である限り以下を繰り返す。
2a 次のように \(d\) の値を更新する。 \[ \displaystyle d:=\max \left[ \frac{V_1}{1+m_1},\frac{V_2}{1+m_2},\dots,\frac{V_\ell}{1+m_\ell} \right] \]
2b 上記の最大値\(d\)を与える \(k\) の集合を \(H\) とし、その個数を \(h:=|H| \) とおく。さらに、すべての \(k\in H\) について \(m_k:=m_k+1\) と値を更新する。
2c \(a:=a+h\) と値を更新する。
上記の方法では、 \(a\) は単調に増加、 \(d\) は単調に減少します。さらに、2aの実行直前では常に、 \(a=m_1+m_2+\dots+m_\ell \) および \( \displaystyle \frac{V_k}{m_k+1} \lt d \leq \frac{V_k}{m_k}\) ( \(k=1,2,\dots, \ell\) )が成立しています。
したがって、同点の問題が生じない場合 (最後に2cを実行したあと \(a=n\) となる場合)、当選者数は最終的に \(n\) になっており、上記の方法が正しい解を与えることがわかります。
一方、同点の問題が生じるときも、最後に2a を実行する直前の \(d\) で決まる当選者数は過小で、なおかつ当選者を一人でも増やすような \(d\) の最も小幅な変更方法は、2aによるほかないので、上記の計算方法が正しいことが確認できます。
ドント式の性質 I
ドント式の比例性
以上のように、ドント式は、一議席あたりの得票数 \(d\) を決定し、それに基づいて総議席を各政党に配分する方式です。 各政党の獲得議席は、政党 \(i\) の得票数を \(V_i\) とおくと、\[\left\lfloor \frac{V_i}{d}\right\rfloor \] で決まります。ただし、 \(\lfloor x \rfloor\) は \(x\) の整数部分を表します。すなわち、このとき切り捨てられた端数を無視すると、ドント式は獲得議席と得票数を比例させていることがわかります。
ドント式はアラバマのパラドクスを回避する
ドント式では、政党 \(k\) の獲得議席は、得票を自然数で割った項 \( \displaystyle \frac{V_k}{1}, \frac{V_k}{2}, \dots,\frac{V_k}{n}\) のうち全体の \(n\) 位以内に入るものの数になります。したがって、総議席数 \(n\) が増加した場合、獲得議席が減ることはありません。また、得票増加率が最も高いとき、獲得議席が減るようなこともありません。
最大平均法
実はアラバマのパラドクスを回避するだけなら、別の配分方法もありえます。例えば、 \(1,2,\dots,n\) で割るかわりに \(1, 3,\dots, 2n-1\) で割り、全体の \(n\) 番目を求める方法も考えられます(サン=ラグ方式)。ドント式を含めて、このような方法は、最大平均法と総称されています。しかし、サン=ラグ方式には、ドント式のような説得的な理由はないようです。
アダムズ式との関係
既存のすべての選挙区に対して選挙区定数を与える方式として、アダムズ方式が知られています。アダムズ式は、ドント式と次の関係があります。
アダムズ式も最大平均法のひとつとされます。当選者の決定方式に使おうとすれば、0票を超える各政党に1人の当選者を保証することになるので、当選者の決定方式には用いられていません。
ドント式の性質 II
ヘア基数およびドループ基数との関係
総得票数 \(V\) と総議席数 \(n\) に対して、ヘア基数 \(\displaystyle \frac{V}{n}\) とドループ基数 \(\displaystyle \frac{V}{n+1}\) は、両者ともドント式の基数と一定の関係を持ちます。
まず、ヘア基数はドント式の基数 \(d\) を下回ることはありません。実際、 ヘア基数が、 \(d\) を下回るとするならば、 \(n\) 人に、 \(\displaystyle \frac{V}{n}\) を超える得票を配分することができることになって、矛盾します。
一方、ドループ基数は、ドント式の基数 \(d\) の下限以上になります。実際、 総議席数 \(n\) に対するドント式の基数の下限は、総議席数 \(n+1\) に対するドント式の基数の上限になるので、ヘア基数の場合と同様の議論が成立します。
ハーゲンバッハ=ビショフの計算方法
ドループ基数とドント式の基数の関係から、ドント式の基数を求めるにあたって、次のような計算方法が考えられます。
- ドループ式の基数で(端数を切り捨て)各政党 \(k\) の当選者 \(j_k\) を求めたあと、 \( \displaystyle \frac{V_k}{j_k+1}, \frac{V_k}{j_k+2}, \dots,\frac{V_k}{n}\) を計算する
- 上で計算した \(\displaystyle \frac{V_k}{j_k+m}\) の大きい順に、残り議席を配分する。
手計算でドント式を行うとき、上記の方法による割り算の回数の削減は無視できないものになります。この計算方法をハーゲンバッハ=ビショフ法と呼びます。
単記非移譲式との関係
ドント式による議席配分の結果は、次のような状況下での単記非移譲式の結果と同じものになります。
- 各政党の支持者は固定しており、各政党は支持者たちとの意思統一によって、その票を自由に自分たちの候補に配分することができる。
- 最終的に各政党は、他の政党の票配分を所与としたとき、自分の獲得議席が最大になるように票を配分する。
この事実は、Gary Cox 「SNTV and d’Hondt are ‘Equivalent’ 」 (1991, EIecltoral Studies), 藤井輝明「ドント法の実質的意味について」 (1994、季刊経済研究) などで指摘されています。
証明
もし、ある単記非移譲式による議席配分がドント式と異なるとしてみましょう。このとき、少なくとも一つの政党はドント式より少ない当選者数しか出しておらず、少なくとも一つの政党はドント式より多い当選者を出しています。前者のうちの一つを政党A、後者のうちの一つを政党Bとしましょう。
この単記非移譲式における政党Bの最下位当選者の得票数は、ドント式の基数 \(d\) より小さいことがわかります。「当選者の最下位」は、当選者間での等分以下の得票しかなく、かつドント式での当選者 \(m_B\) とドント式の基数 \(d\) の間には、 \(\frac{V_B}{m_B+1} \lt d\) が成立しているからです。
ここで、ドント式より少ない当選者しか出していない政党Aは、ドント式で受け取ることのできる人数の候補者に得票を等分させれば、(全員が政党Bの最下位を抜いて)、当選者数を増加させることができることがわかります。(証明終わり)
文献
ドント式の計算方法は、高等学校の「政治・経済」や「現代社会」の教科書で解説されていますが、当選者の決定方法にのみ焦点があたっており、「なぜ?」「どうして?」の疑問に答えないものになっています。民主政治の基本原理を学ぶという科目の目的に照らし合わせて、適切な方法なのか疑問が残るところです。
西平重喜は、「比例代表制―国際比較にもとづく提案」 (1981, 中央公論社)、「比例代表制の計算とその意味」(2001,「選挙研究16号」, 日本選挙学会)、 各国の選挙―変遷と実状(2003,木鐸社)などで、ドント式の意味が説明されていないことに不満を述べて、自ら解説を行っています。例えば、西平(2003)では次のように述べています。
また、「選挙研究」は、査読付きの学会雑誌ですが、その中では、ドント式の意味の解説や、ハーゲンバッハ=ビショフ法とドント式が等しくなることの証明が展開されています。
しかし、西平(2003)の参考文献には、森口繁治「比例代表法の研究」(1925, 有斐閣)が挙げられており、そこには、ドント法がなぜ比例代表制なのか、ドント法はどんな意味を持つのかが解説してあります。また、森口繁治には、