多様性のある議会・政党に対する批判
単記移譲式は、少数派にも一定の議席を保証し、しかも「人」を直接選ぶ制度です。したがって、単記移譲式は、議会内および政党内に多様性をもたらします。複数人選出の単記移譲式に対する批判の一つは、この多様性に対する批判です。
多様性批判の背景: 強固な政党と政権選択
日本のマスメディアや一部の学者には、1.新旧の政治・経済の中心である米国や英国の二大政党制への憧れと、2.非分権的で反個人主義的な社会主義政党への憧れがあります。
この憧れは、「政権選択」を過度に強調し、議会内の多様性・政党内の多様性を否定的に捉える傾向をもたらします。
「多数代表制」の欺瞞
議会内の多様性を軽視する人は、強固な少数派に議会で多数の議席を与える制度こそが政治に安定性をあたえ、有権者に「決定権を与える」と主張します。一部の政治学者は、このような機能を「民意の集約機能」と呼び、この機能を強調した制度を「多数代表制」と称し、民主主義の理想の一つとして位置づけようとします。
しかし、「多数代表制」は、ルールに基づいた議論によって決定を行うという議会の基本的な機能・役割を検討すれば、維持するのが難しい主張です。話し合いのスタート地点を作る議員の選挙において、「民意の集約」を強調する立場は、話し合いを抜きに物事を決定することを是認しかねません。
- 議会は議論の場
- 議会の選挙はスタート地点
- 「多数代表制」の帰結
- 「有権者に決定権」の内実
- 直接投票による有権者の選択
- 多様性と安定性
1. 議会は議論の場
議会は、複数の議員によって構成されます。代議制の下では、有権者は複数の議員を選挙で選びます。そして議員達は議会内でのルールに基づいた議論と表決によって物事を決めていきます。
たくさんの人による議論
議会は立法権をもち、法律を制定し社会のあり方を決定づけます。社会は複雑なので、物事を決める際は、常に多様な視点から慎重に検討する必要があります。また、社会は多様な立場の人々が暮らすので、その権利が平等に扱われているか、不当に侵害されていないかを、多様の立場からチェックする必要があります。
立法権を一人の人物の統率の下に置かずに、多様性のある議会に置くのは以上のような理由によります。
2.議会の選挙はスタート地点
代表の必要性
人口の多い社会では、議論と表決を有権者達が直接に行わずに、代表者に委ねる必要があります。それは、社会にはあまりに多くの人がいるので、すべての人が平等に参加できて、しかも十分に議論をする機会を持つことが出来ないからです。
多様な議員の選出
代表者達は、代表者であるがゆえに、社会のすべての人の気持ちを十分に反映できるわけではありません。しかし、代表者達が十分に社会の持つ多様性を反映していなければ、必要な議論が始まりません。そこで、できるだけ、公正に社会の多様性を反映するように、議員を選ぶ必要が生じます。「民意の集約」を理由に少数派の議席を制限しようとする仕組みは、少数意見をとりあげないことを意味します。
議席は議論のスタート地点
議会の選挙は、あくまでも議論のスタート地点です。公平な選挙が行われ、議会が組織されることによってはじめて、社会は公平な議論の機会を獲得するのです。選挙を経ないマスメディアや民間団体が行う選挙前の討論会は、公平性が保証されていないだけでなく、法律や条約、予算の審議のためには、内容も不十分です。それは、有権者が議員に投票する際の助けになるものであっても、正当に選挙された議会での議論に代わるものではありません。
3.「多数代表制」の帰結
「多数代表制論者」の勧める「有権者が、議院内閣制の下でも、選挙で政権が選べる」選挙制度は、強固な集団に無理やり多数の議席を与えます。このことは以下のような、危険をもたらします。
A.審議の形骸化
まず、議会に多様性はなくなるので、議会で意味のある議論はできなくなります。
B.立法権・行政のチェック機能が不全
議会の中に多様性がなくなると、立法権や行政のチェック機能が不全になります。両者の遂行には、視点の多様性が肝心になるからです。
議院内閣制の下で、強固な集団が多数派を握ることは、行政権に加えて、立法権と行政のチェック機能をこの集団が握ることになります。
C.政治システム(憲法)の改変
日本国のように、議会が強い権力を持つ場合、少数の強固な集団は自分達の思い描く政治システムを作り出すことができます。有権者の議論の場を整備し、国民投票の実施方法を定めるのも、この集団なので、国民投票は専制の歯止めになりません。
比較多数の政党に対して、「ボーナス議席」を与える名簿式「比例代表」制度は、イタリアにおいてはムッソリーニ政権に絶対多数の議席を与え、後に議会は一党制になりました。
D.メディアの独占
マスメディアは、議会での議席割合を「公平性」の指標にします。多数代表制は、有権者の間では一定数を占める意見も、議席数を理由に締め出すようになります。
4.「有権者に決定権」の内実
選挙と議決は異なる
一部の多数代表制論者は、議員選挙によって「有権者に決定権を与える」かのような幻想を振りまいて、有権者の選択肢を少なくすることと、議会を画一化することを正当化してきました。しかし、議員の選挙は、政策を具体的に議決するものではありません。有権者の決定権を強調する「多数代表論」は、この点を半ば意図的に混乱させています。
A.問題は多岐にわたる
まず、有権者は議会で議論されたあるいは議論される事項の全てを、議員の選挙時に知ることはできません。予定されている事項すら膨大であり、しかも、議会は選挙時に予期できなかった重要事項をも審議するものです。また、過去にどのような議論がなされたのかを細かく把握できる時間がある人もまれでしょう。
B.議論の機会は不十分
また、ほとんどの有権者は選挙期間中であっても、限られた人々としか議論することはできませんし、自分の発言を多くの人に聞いてもらうこともできません。有権者達には、ルールに基づいた十分な議論の場は与えられていないのです。そもそも、すべての有権者にそのような機会を与えることができない点に、代議制の必要性が生じていたのです。
C.議員は意見を変える
議員は、議会でルールに基づいて議論を行い表決に参加します。議員は議論の進展によって、意見を変更した理由を示した上で、自分の意見を変えることが期待されています。
合理的な理由なしに、議論前の意見である選挙での所信に固執することは、そもそも期待されていません。意見を変えることは、有権者を裏切ることではありません。有権者の投票は、議論の前に行われたものであり、しかも、他の議員に投票した有権者も存在したのです。
5. 直接投票による有権者の選択
重要事項について有権者の直接投票によりたいのであれば、それは議員の選挙とは別に行うことが出来ます。「民意を集約」する制度によって、議員を選挙する必要は全くありません。
レファンダム
重要事案について有権者の直接投票によって決める方法をレファンダムと呼びます。日本国憲法は、直接投票によって決めなければならない事項を定めています。地方政治においては、さまざまな「住民投票」が行われています。
ただし、レファンダムは、議会での公開された議論および議会内での表決を経たあとで行われるべきものです。
首相公選論・二元代表
行政府の長を直接選挙によって決めたいのであれば、首相公選制などの二元代表制をとるのが素直な方向です。現在の日本は地方自治については、この方法をとっています。
これは、行政府の長を国民投票で直接選ぶことのできる制度ですが、ある党派に議会の議席を独占させようという考えとは異なります。「議会の選挙を通じて行政府の長を直接選ぶ」という主張は、議会の機能を積極的に評価する立場とは両立しがたいものです。
6. 多様性と安定性
議会内の多様性を批判する人は、過半数の議席を持つ政党は現れず、出来上がった政権も不安定になると強調します。また、議会の多様性が意思決定の遅延をもたらし、国民に不利益をもたらすと批判してきました。
しかし、議会内に安定した多数派が形成されないのは、既存政党が「本当の多数派」になれない「小さくまとまった集団」であるからです。議案についても、大多数が賛成する議案をしっかり作成すれば、大した時間はかからないでしょう。
どのような議会であれ、内閣の安定は、議会内で過半数を占めるような目的・政策を掲げることによってもたらされます。日本のいわゆる55年体制における自由民主党も「保守合同」によって生まれました。選挙結果が小党分立を招いたとき、内閣の選出に時間がかかることがありますが、それはこれまでの話し合いの不足を示しているに過ぎません。
議会内の多様性は、小党分立とは区別されます。政党の数が少なくても、政党内に多様性が確保される場合があります。実際、単記移譲式をとるアイルランドは、小党分立していません。
多様性のある議会・政党でも安定政権が続くことがあります。アイルランドでは、共和党が長く政権の座にありました。日本の55年体制において中選挙区制は、安定政権をもたらしました。