比例代表の意味I
「比例代表の実現」は単純ではない
「比例代表」を論じることは、良くも悪くも「理想」を抽象的に議論する面があります。この議論をポイントのあるものにする為には、「比例代表」の概念で思考停止せずに、分析的・批判的に捉えておく必要があります。
実際、これから述べるような理由によって、a.「比例性」は捉え方が様々であり、かつ b. 比例代表の実現の程度には様々なレベルがあることがわかります。したがって、どのような意味での比例代表を、どの程度実現するのか、が焦点になることがわかります。
- A.比例性は「分類」に依存した概念
- B.完全な比例性は不可能
- C.選挙区定数vs.総議席数
- D.政党概念とは別
比例代表は民主主義下での議会の権威に関わる
議会における意見の分布は、原理的に有権者が実際に持つ意見の分布とは異なったものになります。しかし、だからといって、有権者が実際に持つ意見の分布を何らかの意味でまったく「反映」しないのであれば、議会の正当性が揺らぐことになります。比例代表はできる限り、少なくとも重要な事項においては、議会の意見の分布を有権者達の分布に近づけようという試みです。
A.比例性は「分類」に依存した概念
一人ひとりは異なった人間であり、「同じ人達」はいません。同じ選挙権者もいなければ、同じ議員もいません。したがって、「比例性」は分類に依存した概念です。
選挙権者は、投票を通じて分類されます。議員は、政党や重要事項についての意見などによって分類することができます。「比例性」は、分類された票と分類された議員の間の関係を指します。
B.完全な比例性は不可能
代議制は、有権者の数に対して議員の数を少なく設定することによって、議論の効率性を高める仕組みです。したがって、議席数は票数より常に少なくなります。ゆえに「分類」が定まったとしても、「完全な意味で比例的な」制度は、実現できません。
C.選挙区定数vs.総議席数
比例代表の望ましさを強調するとき、総議席数が問題にされます。しかし、選挙制度としての比例代表が実現するのは、選挙区内での「比例性」にすぎません。選挙区の範囲、定数によって、実現する比例性の内容・レベルは変化していきます。
選挙区の定数が大きいほど「比例性」は高まる一方、選挙において十分な議論・吟味が不足しがちになります。
D. 政党の概念とは別
比例代表の概念は、「政党」の概念とは別個に定義されます。
戦前の日本の学者は次のように端的に比例代表を説明しています。
また、英国のElectoral Reform Societyは、比例代表制を次のように説明しています。
一方、名簿式を推進する日本の学者は、比例代表の歴史的順序を無視して、次のように述べています。
比例代表は、必ずしも政党の存在を前提としていない制度であるにも関わらず、後者のものは「政党」が前提となった説明になっています。日本で実際行われている方法および書き手の実現したい理想が反映した結果、このような説明になることが分かります。
単記移譲式の比例性
単記移譲式のもたらす比例性は、政党の枠組みを超えた比例性です。単記移譲式のもたらす比例性は、次のように表現することができます。
ドループ比例性:
議席数を \(m \) としたとき、全有権者の \(n/(m+1)\) を越える数の有権者達が、上位 \(k\) 位に同じ候補者を選んだとすると、この \(k\) 人の候補のうち \(n\) 人は必ず当選する。
ただし、 \(k\) は \(n\) 以上であればどんなに大きくてもよい。
単記移譲式の細部によらない
ドループ比例性は、(1)当選者の余分な票は移譲される (2)落選者は、一人ずつ決定され,そのすべての票が移譲される という2つの性質から導かれるものです。したがって、単記移譲式の細部に依存せずに、単記移譲式のどのような方法でも保証されている性質です。
一方、ドループ比例性は、論理的に洗練されている分、少しむずかしいので、以下のような注意が必要です。
ドループ比例性の注意点
A.政党の枠組みを超えた比例性
候補の分類は、有権者の選択による
まず、 \(k\) 人の候補の集団は、同じ政党に属していなくてもよいという点に注意しなければなりません。
候補者の集団が、公的な名簿として明示されているかいないかに関わらず、有権者の投票の仕方に対して比例性が成立する、というのが、ドループ比例性の重要な点です。
B.候補者・票の重なり
ドループ比例性は、候補者・票が重なったとしても、それぞれに対して成立する性質です。
名簿式比例代表を推進する人は、政党がしっかり争点を明らかにすれば、単記移譲式は必要がないと主張します。しかし、政策の組み合わせごとに政党があったとすると、たくさんの政党が必要になり、しかも少数政党へ票は単純な名簿式では死票になります。
単記移譲式において、有権者は自分のこだわりを予め諦めることなく投票しても、死票になりません。
C.「票割り」によらない比例性
有権者が組織的に投票について意思統一をせずに自由に投票したとしても、有権者の数と当選者の数に上記の関係が成立する、というのが、ドループ比例性の重要な点です。
C1. 順位づけに関する自由
まず、\(k\) 人の候補の順位まで一致させる必要はありません。ただ、この集団Aのすべてのメンバーが、どの候補も上位 \(k\) 位以上にランクされていればよいだけです。
C2. 候補者特定に関する自由
また、 \(k\) の値は、 \(n\) 以上の数であれば、何でもよいことは重要です。 \(k\) が大きくなることは、有権者達の支持がばらつき、「当選させたい候補について意思統一ができないことを意味します。しかし、ばらついたとしても、少なくとも \(n\) 人は必ず当選させる、というのがドループ比例性のありがたい点です。
反対に、 \(k\) の値が小さくなることは、有権者達の支持が特定の候補により集中していることを表し、特定の候補の当選をより確実にします。