選挙制度の名称

選挙制度の名称は、歴史的経緯や価値観によってさまざまなものがあります。また、英語圏をみても、同じ制度が地域によって別の名称で呼ばれることも少なくありません。したがって、選挙制度の議論をするときは、名称によって当該地域の制度を理解したつもりにならないように注意する必要があります。

同時に選挙制度の分類のしかたも、様々なものがあります。一部の人は、「最もよい分類法」を広めようと努力していますが、その分類法に納得しない人もおり、分類法にこだわることが選挙制度の理解を深めることにはつながらない面があります。

したがって、選挙制度について議論するときは、相手の意味していることを、その都度確認していく必要があります。

混乱の要因I

言葉の混乱が起こりやすい理由には、以下のようなものあります。

  1. 実践・問題意識の違い
  2. 用語の輸入時の翻訳の失敗
  3. 多分野で研究・各分野で造語

1.問題意識の違い

選挙は理論よりも実践が先行するものです。実践の違いは、問題意識の違いを生み、言葉の違いを生みます。

政治においては、実現したものを正当化ないしは批判することに重きがおかれます。そのとき、戦略的に言葉を使うことがあります。たとえば、意図的に意味を曖昧にしたり、過度に善悪を印象づけるような言葉が選ばれたりします。

たとえば、majority voting =多数決ですが、米国ではmajority は過半数を意味することが多く、英国では単なる相対的多数を意味することが多いようです。別の言葉を使えば混乱が少なくなりますが、それぞれ、自分たちの正当性を保持したいため、そうはいきません。

2.学術上の理由

用語の輸入時の翻訳の失敗

選挙は、明治以前にも古くから日本の社会で行われていましたが、明治以降のデモクラシー思想の輸入が大きな割合をしめています。その結果、誤訳が定着しているものがあります。

例えば、

  • Single Transferable Vote = 単記移譲式投票
  • Voting Theory=投票理論
などと訳されていますが、Vote は投票に限らず、挙手や起立によっても実現できますので、表決と訳すのが適当だと指摘されています。

また、「投票」は voting by ballot にあたりますが、古い日本語「入札」(いれふだ、にゅうさつ)という言葉を採用しても良かったのかもしれません。

3.多分野で研究・各分野で造語

選挙制度は、さまざまな分野で論じられています。それぞれの分野で独自の用語法がつくられ、用語法の普及が努力されます。そのときに、互いにあまり配慮ないままにされて、用語の混乱がおこります

選挙や投票の歴史は、近代の民主主義の誕生よりもはるかに古く、古代ギリシアや古代ローマ、中世の教会などでもおこなわれてきました。古代の仏教の教団に投票に類するものがあったようですし、その系譜にある日本の仏教教団でもおこなわれていました。日本では、明治以前から、さまざまな村落共同体で入札が行われていたようです。

一方で、選挙の仕組みは、とても数学的な部分があります。その実行には、アルゴリズムの知識も必要です。その制度の作用については、ゲーム理論や社会選択論もかかわります。

もう一方で、選挙は現実に対する知識が必要です。 現実政治の分析や歴史研究も必要でしょう。選挙の公正さについては、憲法や法律、政治思想もかかわってきます。選挙区割には、地域の歴史を含めた地理学の知識が必要です。

A.一人選出を特別視

例えば、昨今の多くの文献では、Single Transferable Vote (STV)は、複数人区の選挙に対してのみつかい、一人区についてはAlternative Vote (AV)ないしはInstant Runoff Vote と呼んでいます。ただし、Alternative Vote (AV)は多段回、Instant Runoff Vote は二段回という区別をしている用法もあります。

また、Single Nontransferable Vote (SNTV)も複数人区の選挙に対してのみにつかい、一人区についてはFPTPなどと呼んでいます

一人区 複数人区
移譲式 AV STV
非移譲 FPTP SNTV

これらは、選挙区の定数が1であるか複数であるかを優先した用語法ですが、字義を優先すれば、当選者の決定方式が全面に出て、AVはSTVに含まれ、FPTPはSNTVに含まれます。言語の効率性を考えれば、後者の言葉遣いのほうが良いことになりますが、複数人区か否かを強調したり、複数人区のSNTV を異端視する立場からは、現行の言葉遣いが好まれることになります。

B.比例代表の定義

英国のElectoral Reform Societyは、比例代表制を次のように説明しています。

Proportional representation is the idea that seats in parliament should be allocated so that they are in proportion to the votes cast. (訳 比例代表とは、議会での議席はその得票数に比例して配分されるべきだという考えである。)

一方、単記移譲式が念頭にない日本の学者は次のように述べていいます。

比例代表制は各政党の得票に比例 して議席を配分する方法である。(西平重喜「選挙制度の理念」選挙研究20 2005年)

比例代表は、必ずしも政党の存在を前提としていない制度であるにも関わらず、後者のものは「政党」が前提となった説明になっています。日本で実際行われている方法および書き手の実現したい理想が反映した結果このような記述になることが分かります。

C.小選挙・中選挙区・大選挙区

小選挙区、中選挙区、大選挙区は、もともとは文字通り選挙区の地理的な広さをさしていたようです。戦後になって、単記移譲式が忘却され、単記非移譲式が当然とされるようになると、小選挙区制は1人区FPTP、中選挙区制は、3-5人区の非移譲式にをさすことが多くなりました。衆議院選挙制度の変遷

D. 単記非移譲式の名称

単記非移譲式の名称も、この制度を単記移譲式との対比で評価する見方に基づいています。実際この制度は、他の制度との対比でも評価されます。伝統的には、\(n\)人当選 \(m\)人連記の制限連記制の極端な場合(\(m=1\))と評価されてきました。また、林田亀太郎は、累積投票を極端に単純化させるという方法でこの方法にたどりついたと書いています。

少数代表制 I

「少数代表」は日本独自の分類か

制限連記や複数人選出の単記非移譲式は、選挙区の有権者の過半数未満の代表者も議会に送り出すことを目的に採用されました。このような目的を、少数代表と言います。一方、選挙区の有権者の過半数または比較第一の集団の代表者のみを選出する方法を多数代表と言います。

中選挙区制批判の文脈で、「少数代表」というのは日本の独自の分類であるとの意見があります。

「あとは、少数代表制という言葉が学術用語としてありまして、中選挙区制のように少数の代表も送れるようにという言葉でありますが、これは戦前、東京帝大の野村淳治がつくりました造語でございまして、外国の文献には全くありません。したがって、選挙制度を議論するときは、基本は、比例代表なのか、小選挙区のように多数を代表する多数代表なのかという点を押さえていただきたいと思います。」参考人 加藤秀治郎 衆議院 政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会 (2012) 平成24年05月23日
「この点については、いろいろ古い文献をあたってみたが、戦前に東京帝国大学の公法学教授であった野村淳治による造語と推測される。筆者の調べた範囲では、彼の大正時代の論文(国家学会雑誌一九一八年一一月号)に初めて登場する。」加藤秀治郎 「日本の選挙 何を変えれば日本の選挙 何を変えれば政治が変わるのか」 中公新書 (2003) 37ページ

少数代表制 II

しかし、実際にはこの概念は英語圏で用いられています。例えば、"system of minority representation" の語は、1910年の 英国の王立委員会により報告書 Report of the Royal commission appointed to enquire into electoral systems, with appendices (1910) には、system of minority representation の節が設けられてています。

英国の王立委員会報告書(クリックすると拡大します。)

この報告書の記述については、藤沢利喜太郎が言及しています。選挙法の改正と比例代表